トライボロジー入門

「伸線加工のトライボロジー」より抜粋

 1)トライボロジーについて

 2)摩擦について

■■ 「二つの固体の急速な摩擦−そこに火を生ず」 ・・・レオナルド・ダ・ビンチ ■■■

人類が初めて火を起こすことを覚えたとき、彼等は、なぜ火が起こるのかそのメカニズムについて理解出来なかったと思います。 その現象を、今では固体と固体が接触し、そこで発生した摩擦熱が、こする物質の発火点を超えたとき燃焼すると説明しています。

 ではこの摩擦熱の発生とは、いったいどのようなものなのでしょうか?

 摩擦熱量の計算は次式で表すことができます。

Q=μ×W×v÷J(cal/秒)

ここに μ=動摩擦係数(0.1〜0.8)  W=荷重(g)  J=熱の仕事当量(0.24)  v=相対速度(cm/秒)

木材 鉄粉
発火点 400℃〜470℃ 320℃
比熱 1.25 0.48
熱伝導 0.0011 0.76
摩擦熱発生のメカニズムについては、8章の潤滑で、潤滑剤とはいったい何の役目をするためのものであるかを理解する上で、重要な問題となりますので、説明しておかなければなりません。 この式は、発生熱量に関するもので、移動させる物の硬さや表面凹凸(粗さ)をその物の熱伝導で割ったものです。
電気で用いるジュールの法則の J×R はE=×Rであることから、 = E×I となり、I はμ×W、即ち摩擦力、E I は、速度項に対応するものと考えられます。 
さらに、擦る板と、回転棒の熱伝導率を変えてあげると、発生熱量(Q)は、板や棒の比熱や熱伝導率によって接触部の温度が融点以上に上昇し、板が発火したりすることになります。

この摩擦熱発生のメカニズムには、次の二つの問題を考慮する必要があります。
一つは、ニュートンの冷却の法則、二つ目は表面での凹凸です。
この冷却の法則とは、板と棒の熱拡散のことで、接触する摩擦面の熱を、逃がすことに関係し、表面の凹凸は、右の図のように接触した部分(接着)だけが発熱に関係すると言うことです。
摩擦は、この2点の現象を主に取り扱う学問であり、気体や液体による冷却や、接触した部分が接着しないように、あらかじめ膜を作っておき、接触面での熱発生の軽減と冷却のための方法の一つとして潤滑剤があるのです。
 摩擦の問題は、大別して、摩擦力が必要な場合と、摩擦力を下げる場合とに分けられます。 前者は、砂の上を歩くより、土の上を歩く方がはるかに楽ですし、また自転車のブレーキやタイヤあるいは、分子レベルでは、電子レンジ(高周波による干渉)による水分子の回転摩擦、バイオリンを弓で引くときには、ある程度の固体間の接着を必要とします。
 後者は、エジプトで造られた巨大な建造物であるピラミッドの大きな石は、石切場から、建造する地点への移動に砂漠の砂や土の上を滑らせたでしょうか。 よくその石を引いている絵を見かけますが、石の下に丸太を入れて、コロの原理を利用して運んでいます。
また、身近な自動車のエンジン部分では、ピストンリングやクランクシャフトの多くが摩擦低減を必要としています。
このように、われわれが生活する上で、摩擦という現象が必ず係わっているのです。

[摩擦領域について]

ここで、先に述べました、表面凹凸に加えて、その凹凸が、どの程度接近しているかについても、重要な問題となります。 発熱の源点は、互いの面がぶつかり合う山どうしの接触にありましたが、その接触も、頻度分布で分けることが必要です。
  1. 全くぶつかり合う山が現れない場合
  2. 全くぶつかり合う山が現れない場合
  3. かなり多くぶつかり合う山が存在する場合
これらのすき間や山のぶつかり具合は、荷重、速度、粘度、表面粗さ等で変化するものです。

摩擦は、見掛けの面積に無関係で、真実接触面積に係わる問題である。

素材の条件(物理的特性)と表面環境(付着物)に支配される

 3)金属について(「伸線加工のトライボロジー」P.  510  御参照)

金属は、金属色を有し、電気と熱をよく導き、固体の状態では、展性や延性に富む物質であると定義されております。 しかし、この性質を最大限に生かすためには、金属の性質を知らなければなりません。 たとえば、条件によってはその物質の限界値に達し目的の物を造ることができません。 また、ある金属を加工する場合、摩擦面の一部で発生した熱(摩擦熱)がその固有の融点に達し、融着してしまいます。 その場合、加工する金属の摩擦での温度を効果的な方法をもって下げれば良いことで、さらに、固体間が接触しないように分離する役目をするもの(潤滑剤)が介在すれば、なおさらよいことになります。
つまり、環境や条件を整えてやることによって、上手に物を造ることが出来るということですが、これらを満たすためには、いずれも物質の根本の問題であり、その原因が何に起因するものであるかを、さかのぼって知る必要があります。
(ここでは、現代の量子力学的な原子論の複雑さをさけるため、古典的な考え方で説明します)
その結合は、次のように分類されています。

〔電子が関与する結合〕
   @イオン結合・・・・・電子が移動して、正負の電化を持つ原子間の引力により結合する。 (例:食塩)
                   ・・・・・電子の過不足を互いに埋め合うもの同士が結合し、電子は固定されている。 (例:ダイヤモンド)
             ・・・・・電子の存在がガス上に広がり、2つの原子イオン間を自由に動きまわれる。

〔電子の交換を行わない結合〕
   Aファン・デル・ワールス結合・・・・・電子が満たされ、原子核の引力により結合している。
    とに分けられ、その内金属は金属結合からなる物質です。
     金属は、原子のもつ電子が相互に自由電子を出し合って結合した集合体です。
     物質は、この結合の種類によりそれぞれ固有の性質をもつようになりますが、とりわけ全元素の2/3をしめる金属は、興味深い
     次の性質を持ちます。
1)電気や熱をよく導く(物理的性質)
2)固体状態では、展性(ひろげたり)や延性(伸ばしたり)に富む(機械的性質)

〔金属結合の詳細〕

金属中の電子の軌道は、原子核に配置された多数に分布した電子がゴム球のような三次元的軌跡をとる運動をし、電子雲(海)のよえにたとえられ、原子核の引力圏内で動き回ることが出来ます。
そして、表面は電子がしみ出した状態になっている。 金属は、この電子雲の球の集まり(結晶)から成り立っています。 非金属は、原子核に強く引きつけられているため、電子は拘束された状態で安定な性質を持つのに対し、金属は多くの電子が原子核の引力場に支配されており、電子軌道は複雑さを増して原子核の引力場が弱まり、このガス状の電子が原子間をうめつくしています。 すなわち電子が自由に運動できる状態となり、非金属にはない自由電子をつくりだすことになります。
わかりやすく言うならば、非金属は、電子が、スカスカの状態であるのに対し、金属は、境が判らない程満たされた状態のものといえ、外部からあるエネルギーを与えた時、その自由電子の移動によってこの電気伝導や熱伝導現象を説明することができます。 そのイメージを下にしめす。
電気陽性は、電子運動の難易度として、定性的な尺度となります。 (陽性度が高いほど、電子を出しやすい)
また外観的には、原子間にある電子の雲(海)と、自由電子が活発に動いているので、光をさえぎり、不透明であり、逆に光を反射する現象もこれで説明されます。 金属が加工できるということや、電気や熱を導いたり、潤滑剤とかわりを持つという性質については、次の2つに分けて考える必要があります。
1)物理的性質(化学的)
金属は、ガス状の電子雲の球同士で結合された結晶構造で、電子は原子間を自由に動くことができる物質です。 電気の流れ易さや、熱の移動、金属表面と気体や液体(潤滑剤)が吸着したり反応する現象は、この自由電子(表面エネルギーに関係する)によるものです。 元素の種類により、これらの強弱が変化しますが、原子核にとらえられた電子の拘束性に関与するエネルギーを一つの帯(ブリリアン帯)で表した核の持つ引力圏内において、その帯は(内殻電子層)核側を価電子帯、拘束性の弱まる帯域を伝導帯と2層に分けられます。
この2層の巾が元素の種類によって異なり、伝導度や、熱伝導を換える原因となっています。
一方、白金や金はいつまでも金属色を変えることがありませんが、鉄や銅は、空気に触れると酸素と反応し、一変してしまいます。 この金属表面の反応性については、後述する潤滑剤にも影響し、加工の難易さと関係があるため重要な問題として取り扱う必要があります。
加工し易い金属とは、潤滑剤と反応し易く表面に転位線が現れている性質のもので、加工し難い金属とは、潤滑剤と反応しにくく、転位も早い時期にいっぱいになってしまう性質のものであると言えます。 特例として、普通に得られるニッケル(Ni)と、圧延して、より格子欠陥をつくった材料とでは、後者のほうが10〜10倍もの反応速度変化が見られるという金属もあります。

2)機械的性質

金属は、伸ばしたり、折り曲げたりすることができる物質ですが、その原因はいったいどこから来るのでしょうか。
この現象は、物質的性質で説明した電子の自由度と関係しています。
食塩やダイヤモンド等は、原子核に電子が強くひきつけられて、安定した電子運動のもとで結晶体が作られるので、原子が規則正しく配列して作られていますが、金属は、電子が複雑に運動している状態で結合しているため、結晶構造として形が多少とも規則性が乱れてしまいます。 これが金属を変形させる原因となっており、この乱れて結晶化した部分を格子欠陥と呼び、結晶のすべり(ズレ)を発生させる源になります。そのモデルを右に示す。 
そして格子欠陥を引き金として、結晶が滑った(変形)部分を転位(線)と呼んでいます。 この転位は結晶間を走り、次々に伝搬して行くことができ、やがて網の目のように結晶内部に生成して転位網を作り上げて行くことになります。 しかし、この転位網の生成にも限界があります。 ここで一つの大きな分かれめにつきあたります。
わずかな転位線から始まり、これ以上転位線が作れなくなったとき、金属は急に性質を変えてしまいます。 性質を変える前の領域を弾性変形領域といい、多少の変形にも対抗して元の形にもどることができるのですが、転位線でいっぱいになった結晶体はもとに戻れなくなってしまいます。 このような領域を塑性変形領域と定義されます。 
このように金属は、電子の自由度と転位線との存在によって性質が大きく異なります。 
ここでは、純粋な理想状態でのお話でしたが、実際には多くの不純物や、いろいろな欠陥が存在するために、より複雑性を増してくるようになります。

金属はどのような性質を持ち、金属にある力(エネルギー)を与えると、どのような事が起きるのであろうか? そしてその結果を、どのような方法を持って対処すれば良いのか? という伸線加工で必要な基礎的概要について解説いたします。

 金属加工によって発生する熱源

@ 塑性変形熱(内部摩擦:転位・格子間不純物原子・粒界の流動的ズレによる)
A 外部摩擦熱(固体間の表面接触による)
◆加工熱は@とAの和と解釈できます
 この発生する熱をいかに少なくするか
  • 加工面の接触する表面摩擦により発生する摩擦による熱(外部摩擦熱)を低減させる方法として、潤滑剤(気体・液体・固体のいずれかか、もしくはそれらの複合)が有効な手段です。  
 潤滑剤の役割と効果

伸線加工の摩擦と潤滑に影響を及ぼす因子

伸線加工でのトライボロジーは、摩擦対の一方(被加工材)が巨視的に塑性変形していることです。 つまり、先ず接触面の微視的構造に独特の変化をもたらし、接触機構および潤滑機構を特異的なものにし、材料の物性や表面状態と潤滑剤がどのように係わり合うかです。
これらの相互作用により、加工の難易度が決定されます。
これら双方の機能収支バランスが崩れたときを加工限界とします。
 伸線加工法について(「伸線加工のトライボロジー」P.2736  御参照)

@ ダイスとキャプスタンでは摩擦の種類が異なります。

A 伸線機での加工は、@伸ばす・A圧縮する・B曲げるの多数が係わっています。

  • 伸線加工のダイスと線との要因図を以下示します
                                     
 水溶性潤滑剤の性能限界(溶媒・溶質両粒子の挙動変化及び化学変化)
  • コロイド粒子(エマルション粒子)の破壊による熱伝導及び熱拡散性の低下(熱輸送の機能が妨げられる)。
  • 加工時に発生する金属イオン(水質・金属摩耗粉等から混入)による成分の変化。
  • 中晩期より構成比率が変化し、主に活性剤が増加する傾向になり発泡が起こり、冷却効果が低下します。
  • バクテリアの発生により油剤の粘度上昇(冷却特性の低下)や成分が消費(潤滑性能低下)し、加工性を妨げることになります。
  • 潤滑剤分子の構造が温度や圧力・加工金属イオン等により分解を受けたり酸化し、変化します。
■ これらの総合機能低下を潤滑剤の劣化と定義します

 まとめ

金属加工製品をより良く製造するために必要な事は、

@ 安定した製造方法に基ずく材料(母線)

A 機械及び工具の精度とメンテナンス

B その加工に適した潤滑剤の選定とその管理 

 の三要素を、どの程度到達させたかにより品質が左右されると言えます。

  

 水溶性潤滑剤の管理
  • 弊社発行の『ルーブライト・マニュアル』潤滑剤の管理をご参照ください。

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